2023年ワールドベースボールクラシック(WBC)で世界一の監督として手腕を発揮した栗山英樹さん。
プロ野球・日本ハムファイターズ監督時代から選手からの信望が厚く、今や世界のスーパースターとなった大谷翔平選手を指導・育成したことでも有名です。
今回はそんな栗山英樹さんの若い頃から現在に至るまで、エピソードを交えご紹介させて頂きます!
【画像】栗山英樹は若い頃イケメン!
10代・20代(~1990年)
引用元URL:上:創価高校、下:東京学芸大学公式野球部
栗山英樹さんは、小学生から軟式野球をはじめ、中学生の時の活躍が目に留まり、熱心にスカウトされた創価高校野球部に入部します。
高校1年生からベンチ入りし、高校3年生の時、主将及びエースとして甲子園を目指しましたが、都大会にて敗戦し、甲子園の夢は実現しませんでした。
国立の東京学芸大学に進学し、硬式野球部に入部。大学通算では、投手として通算25勝8敗、打者として打率.389という驚異的な成績を残しました。右ひじの故障で投手は大学の途中で断念し、野手専属になったのもこの時期です。
大谷翔平選手のように栗山英樹さんも二刀流という時期があったということですね。
高校・大学と当時の画像はありませんが、OBとして創価高校・東京学芸大学で講演した時が、上と下の画像です。
学生や卒業生、関係者にとって、プロ野球で日本一、WBCで世界一の監督が母校のOBというのは、誇らしいですよね。
引用元URL:上:number、下:number
栗山英樹さんは学生時代教員を目指していたものの、野球への夢が捨てきれず進路を野球一本に定めます。
大学4年生の時、社会人・朝日生命へ内定していたものの、プロ入団テストを受け、ヤクルトスワローズへドラフト外での入団が決まりました。
上の画像は、新入団選手の会見時のものと、下の画像は、春のキャンプ前に撮影されたものです。甘いマスクでかっこいいですよね!
ドラフトはわかるんだけど、ドラフト外ってどういう意味なのかな?
現在(2024年)では認めらていないんだけど、ドラフト会議での選手選択を通さずに選手をチームに入団させることが出来た制度なんだよね。
1990年までは1チーム6名までしか指名できなかったことも起因しているみたいね。
引用元URL:上:週刊ベースボールオンライン、中:スポニチ、下:週刊ベースボールオンライン
栗山英樹さんは、現役生活は7年間でゴールデングラブ賞:1回(外野手部門:1989年)を獲得したり、1988・89年は2年連続で年間100本以上の安打を放つなど、地味ながらも地道な努力で成績を残しました。
ただ、難病であるメニエール病を患い、試合中に目まいや立ちくらみを覚えるなど、苦しんだ現役生活でもありました。
上・中の画像は、ヤクルト入団後活躍している時のものです。入団当初は右打ちでしたが、尊敬する若松勉さんに左も挑戦してみなさいとのアドバイスを受け、両打の俊足攻守の野手として活躍しました。
下の画像は、野球以外のオフショットです。ヒデキスマイルは最高にかわいらしいですね!この頃、週に30通ほどのファンレターを貰っていたそうです。
メニエール病ってどんな病気なの?
『「めまい」と「吐き気」の発作が繰り返し起こる病気です。一般的には「耳鳴り」や「難聴」をともないます。』
https://www.med.or.jp/forest/check/meniel/01.html
突然やってくるみたいだから、とてもやっかいな病気なんだそうよ。。。
30代・40代(1991年~2010年)
引用元URL:上:サンスポ、中:文春オンライン、下:文春オンライン
プロ野球を引退後は、テレビ朝日やTBSテレビ・ラジオにて、スポーツニッポンの専属評論家兼野球解説者やスポーツキャスターとして活躍をしました。
上の画像は、1992年31歳の時、ヤクルトを応援していた”さだまさし”さんが作詞作曲し、CDデビューした時のものです。キャスターとしての発声練習の一環でもあったようです。
中・下の画像は、1991年30歳の時、1995年34歳の時のものです。甘いマスクのイケメンですよね。そして何と言っても爽やかな印象を与えるので嫌な感覚になる人は少ないでしょうね。
引用元URL:上:朝日新聞デジタル、中:number、下:ほぼ日刊イトイ新聞
40代に入ると北海道の栗山町にて観光大使となり、栗山町民と親交を深めました。そして、自らの資金で天然芝の野球場と練習場を兼ねた「栗の樹ファーム」を2002年41歳の時に完成させました。
上の画像は、その栗の樹ファームでイベントをしている時の様子です。この頃から北海道とは縁があったということですね。
またスポーツキャスターとしても円熟味が増し、2000年39歳の時にテレビ朝日系「速報!スポーツCUBE」のメインキャスターを務めます。当時3年目の徳永アナとのコンビでした。(2024年4月現在、内村光良さんの嫁)
下の画像は、2004年33歳の時に、糸井重里さんと対談した時のものです。この時には組織論をお話しされているので、監督業というのは天職だったのかも知れません!
栗山さんは、プロと高校球児の架け橋的な仕事もしていたと思うけど、どんな感じだったのかな?
元々、日本高等学校野球連盟の規定では、アマチュア資格を満たさない元プロ野球選手は球児との接触は不可能だったんだけど、2009年38歳の時、それまでの活動もあって、特例措置が取られて取材が可能になったんだよ。それだけ、野球に対して向き合ってきた成果だと思うよ!
50代以降(2011年~)
引用元URL:上:ベースボールキング、下:フォーサイト
栗山英樹さんは、2012年~2021年の10年間にわたり、北海道日本ハムファイターズの監督として2度のリーグ優勝、そして日本一にも1度輝き、監督として花が開きました。
そして、栗山監督時代に切り離せないのが大谷翔平選手の育成でしょう。ここまでのスーパースターにした礎は栗山さんが作ったといっても過言ではありません。
それまで投手・野手の両方で起用されることがなかったので、相当な苦労もありながら、大谷選手の成長に合わせて采配していたことが印象的でした。
2023年62歳になる年で、日本代表(侍ジャパン)の監督として、ワールドベースボールクラシック(WBC)を制覇しました。
14年ぶりの快挙で、ダルビッシュ選手・大谷選手の共闘、日本国籍外選手であるヌートバー選手の起用など、マネジメント能力の高さを発揮した大会でした。
栗山英樹さんは、侍ジャパンの監督退任後、2024年現在は何をしているのかな?
2024年現在は、日本ハムのチーム編成を強化するため「チーフ・ベースボール・オフィサー」を新設して、2024年1月1日付けで就任したんだよ!
これからもどんな活躍をしてくれるか楽しみだよね!
栗山英樹さんが監督をしていた北海道日本ハムファイターズの本拠地は?
引用元URL:上 Wikipedia 中 Wikipedia 下北海道日本ハムファイターズ
栗山英樹さんが監督していた北海道日本ハムファイターズは、2004年から北海道を本拠地とする球団です。
当初札幌ドームを本拠地の球場としていましたが、2023年より北広島市に新設したエスコンフィールドHOKKAIDOを本拠地球場としています。
【画像】栗山英樹は人たらし!妻との馴れ初めエピソードは?
栗山英樹の人たらしと言われる所以
引用元URL:NEWSポストセブン
引用元URL:YouTube
栗山英樹さんが人たらしと言われる所以は、
①「監督は役割でしかない」と認識し、マネジメントに徹すること
②物事の全体的な状況や流れを俯瞰で見る「大局観がある」こと
③選手たちに対しては独特の「熱さ」を持って対峙すること
以上のことから、選手からの信頼を勝ち取り、関係性を築くことで自然と人が周りに集まってくるのではないでしょうか。上記の動画では、WBCでの選手からの印象的な言葉を栗山さんが語っていますが、そのエピソードからも選手からの信頼が厚いことが伺えます。
栗山英樹さんの自宅ってどこなのかな?
栗山英樹さんは、同じ名前の縁から、北海道栗山町に住んでいるよ!
気さくな人柄で地域住民とも交流があり、ジャージと長靴で町内を歩いている姿がよく目撃されているそうだよ!
栗山英樹の妻との馴れ初めエピソードは?
引用元URL:上 NEWSポストセブン 下 THEDIGEST
栗山英樹さんは、現在まで結婚しておらず生涯独身を貫いています。現役時代はわずか7年でしたが、若い頃は六本木や銀座で名を馳せたり、元TBSの福島弓子アナウンサーやテニスの伊達公子選手などの有名人達と浮名を流したそうです。
しかし、現在はめっきり浮いた話もなくなり落ち着いた暮らしをされているようですね。「野球が結婚相手」といった感じなのでしょうか。
「モテていたのに、いつしか女性との噂が全く無くなりましたよね。やはり40才のころに、東京から遠く離れた栗山町に約5000坪の土地を購入して、質素な田舎暮らしを始めたころからでしょうか。“もう女性はいい”というスタンスになったそうです。今では少年たちのために野球を教えたりと、野球界の未来を考えるジェントルマンという印象です」
引用元URL:NEWSポストセブン
福島弓子さんといえばもうご結婚されているよね?
うん、現在イチロー選手の奥様だよ!
栗山英樹さんとは、婚約までした仲だったようだよ。
栗山英樹のプロフィール・SNS
引用元URL:中日スポーツ
プロフィール
- 名前:栗山英樹(くりやまひでき)
- 生年月日:1961年4月26日
- 年齢:63歳(2024年11月現在)
- 出身地:東京都小平市
- 身長:174cm
- 体重:72㎏
- 監督歴:北海道日本ハムファイターズ(2012~2021年)
日本代表(2021~2023年)
成績
・出場成績 引用元URL:https://sp.baseball.findfriends.jp/player/19610026/
・個人年度別成績 引用元URL:https://npb.jp/bis/players/71573869.html
著書
引用元URL:楽天市場、楽天市場、楽天市場、楽天市場
単著
- 『栗山英樹29歳:夢を追いかけて』(1990年4月)
- 『スポーツキッズのほうれん草:スポーツサイエンス・リポート』(1992年6月)
- 『夢は正夢』(1994年7月)
- 『復活:地獄を覗いた男たち』(1994年10月)
- 『忘れちゃいけないものがある:スポーツを愛する人たちへ』(1996年8月)
- 『栗山英樹のベースボールアカデミー』(2005年7月)
- 『栗の樹ファーム物語:栗山英樹、野球場をつくる:北の大地で育む”フィールド・オブ・ドリームス”』(2006年3月)
- 『栗山英樹が選ぶアスリートたちの世界集』(2007年2月)
- 『怪物前夜:”60億円の男”松坂大輔を育てた「嫌いにさせない」子育て術』(2007年3月)
- 『はるかなる甲子園:もう一つの高校野球物語』(2010年11月)
- 『覚悟 理論派新人監督は、なぜ理論を捨てたのか』(2012年10月)
- 『伝える。 言葉より強い武器はない』(2013年3月)
- 『未徹在』(2015年11月)
- 『「最高のチーム」の作り方』(2016年12月)
- 『栗山魂 夢を正夢に』(2018年11月09日)
- 『稚心を去る』(2019年1月)
- 『野球が教えてくれたこと』(2019年3月)
- 『栗山ノート』(2019年10月)
- 『栗山ノート2 世界一への軌跡』(2023年7月)
栗山英樹さんの著書はすごくたくさんあるんだね!
そうだね!上記は単著のみだけど、共著とか監修とかもたくさんあるみたい💡