歌手としてだけでなく、絵本作家としても活躍を続けているイルカさん。
フォークソンググループ・シュリークスを経て、1974年にはフォークシンガーとしてソロデビューを果たします。
ソロデビューの翌年にシングルとして発売した「なごり雪」のカバーは大ヒットを記録し、今なお歌い継がれる早春の代表曲となっています。
今回はイルカさんの若い頃を振り返り、現在の活躍に至るまでの変遷をお届けいたします!
【画像】イルカは若い頃と変わらない?
20代(1970年~1980年)
引用元:UNIVERSAL MUSIC STORE
イルカさんは、女子美術大学に在学中の1971年(当時20歳)にフォークソンググループ・シュリークスに加入し、同年4月25日に発売されたシングル「君の生まれた朝」でプロデビューを果たします。
上の画像は1974年(当時23歳)に発売された「イルカのうた」のジャケット写真です。素朴な表情がどこか無垢で愛らしいですよね!
引用元:Amazon
イルカさんは、1975年(当時24歳)の時に、かぐや姫のメンバー伊勢正三さんの作詞・作曲による「なごり雪」をカバーしてオリコン最高4位を記録しました。
「なごり雪」は元々、当時人気絶頂だった日本フォークグループ・かぐや姫が確立し、1975年の解散時点で未発表となっていた楽曲でした。未発表を惜しむ声が多く寄せられたこともあり、イルカさんがカバーとして発表することになったそうです。
ですが、レコーディングの前イルカさんは、かぐや姫のファンの人たちの気持ちを考えると、「私が奪い取ってしまう」ような気がしていたそうです。
そんな中迎えたレコーディング当日、この曲の作詞作曲を手がけた伊勢正三さんに「僕の作った曲をイルカが歌ってくれることはうれしいんだ。」と言われたことで、一時はかぐや姫の楽曲を歌うことに抵抗を感じていましたが「それだったら、一生懸命歌おう」と前向きな気持ちで向き合うことができるようになったのだとか。
上の画像は1975年(当時24歳)の「なごり雪」のジャケット写真です。自然体な雰囲気から滲み出る柔らかさに心惹かれ、その微笑みが一層魅力的でした。
引用元:Amazon
イルカさんは、1980年(当時29歳)の時に、女性シンガー・ソングライターとして初めて日本武道館でのソロ公演を成功させました。
この当時のことをイルカさんは、
「昔は1年のうち、230~240本の公演で全国を回っていました。地方の会場へ行くと地元のテレビ局やラジオ局を訪問。公演後の夜には地元のラジオ番組などに出演していました。こんな忙しい毎日がずっと続いていたんですよ」
引用元:KOBECCO
とお話しされており、公演に加え、テレビ局やラジオ局などへの出演も重なり、多忙を極める日々を過ごしていたことが伺えますね。
上の画像は1979年(当時28歳)の「海岸通」のジャケット写真です。ふんわりとした髪が可憐で、少し伏し目がちな表情がどこかアンニュイな雰囲気がします。
イルカさんは、どうして「なごり雪」をカバーすることになったのかな?
それは、イルカさんの夫の神部和夫さんが「イルカがあれを歌ったらすごくいいんじゃないかってことになったんだけど」と提案したという理由から、イルカさんが歌うことになったみたいよ!
30代(1980年~1990年)
引用元:Amazon
イルカさんは、1981年(当時30歳)の時に、「FOLLOW ME」を発売しました。
「FOLLOW ME」は作詞・作曲はイルカさんが行っているのですが、小田和正さんが編曲し、コーラスはオフコースが担当しました。なので、小田和正さんが作詞・作曲などを行っていると勘違いしている人も多いそうです。
上の画像は「FOLLOW ME」のジャケット写真です。ふわりとした髪に優しい瞳が、柔らかな雰囲気があります。
引用元:Amazon
1985年(当時34歳)には、「もう海には帰れない」を発売しました。
この曲はTBS系 ポーラ・テレビ小説「愛の風、吹く」の主題歌で、林哲司さんの作曲と秋元康さんの作詞の失恋ソングです。この曲を収録したアルバム「ハートランド」はそれまでのイルカさんのイメージを覆すシティポップが中心となりました。
上の画像は1985年(当時34歳)の「もう海には帰れない」のジャケット写真です。伏し目がちで寂しげな表情が、失恋ソングの世界観を感じます。
イルカさんは、作詞・作曲をしている曲が多いけれど、他の歌手の人にも楽曲を提供したりしているのかな?
古賀栄子さんの「逢いたさ指数」という曲の作曲をしていたわ!
他にも佐伯市立宇目緑豊中学校の校歌の作詞・作曲もしたみたい。
40代以上(1990年~)
引用元:四国新聞社
イルカさんは、2004年(当時53歳)の時に、国際自然保護連合の親善大使となりました。
この時イルカさんは、
いつも身近に小さな生き物たちがいて「命」の尊さを生き物から学びました。そして大人になったら恩返しをしよう!アフリカの奥地で野生生物の為の仕事をするんだ!と決めていましたが、歌を作って歌う人になっていました。
引用元:IUCN日本委員会
とお話しされていました。自然環境や動物の保護に興味や関心を持ち、将来の仕事としてその道を歩もうとしていたのですね。
上の画像は2004年(当時53歳)の国際自然保護連合の親善大使に就任時の記者会見のものです。柔らかな笑顔から、優しさが伝わってきます。
引用元:instagram、X「第75回NHK紅白歌合戦」始まってるよ~🎉
— IRUKAイルカ「あいのたね❤︎まこう!」 (@IRUKA_50th) December 31, 2024
紅白事前「もうすぐ放送100年!大みそかスペシャル」から参加!
キンタローさんが美空ひばりさんに!オズワルドのお二人と「フォーク町内会」合体🎶
オープニングダンスで爆上がり🙌
いよいよ歌✨の前にメイクお直しとお着替え!
衣装の「絵」みえるかなぁ~ pic.twitter.com/NKKWKleYfM
イルカさんは、2024年(当時74歳)の時に、32年ぶりに紅白歌合戦に出場しました。
NHK紅白歌合戦の事前番組を通じて、出演者やスタッフの明るい雰囲気や、ステージへの期待感が確認できます。
上の画像は2024年(当時74歳)のNHK紅白歌合戦の時のものです。優しい笑顔が、これからの歌声に楽しさと明るさを添え、一層盛り上げてくれる予感がします。
イルカさんは、どうして35年ぶりにNHK紅白歌合戦に出場したのかな?
それは、ラジオ放送100年の節目という理由から、イルカさんが出場することになったみたいよ!
イルカさんが所属する”イルカオフィス”には他に誰が所属してる?
引用元:イルカ オフィシャルサイト
イルカさんの所属するイルカオフィスには、イルカさんの息子で、シンガーソングライターの神部冬馬さんが所属しています。
【画像】イルカと夫の馴れ初めは?息子は何してる?
イルカと夫の馴れ初めは?
引用元:週刊女性PRIME
引用元:週刊女性PRIME
イルカさんと夫の神部和夫さんが出会ったのは、イルカさんがまだ女子美術大学に通っていた頃でした。イルカさんが所属していたフォークソング同好会に、早稲田大学のフォークソング・クラブからコーラスやギターの弾き方を教えるコーチとして神部和夫さんが来たことがきっかけでした。
そのときイルカさんは「一瞬にして、"これからずっとこの人と一緒にいるんじゃないか?"」と感じたそうですが、一方の神部和夫さんは、当時から様々な人のコーチをしていましたが、イルカさんに限っては教えることはなにもないですよね?と素っ気なかったそうです。
その後も交流は続き、お2人はだんだんと仲を深めていき、イルカさんが19歳のときに神部和夫さんから"僕と一緒にシュリークスをやっていかないか?"と勧誘されると同時にプロポーズされ、イルカさんはその場で即答すると軽い女と思われると思って、2週間後ぐらいで"もちろん喜んで"と答えたそうです。
そして1972年5月1日、イルカさんが22歳の時にお2人は軽井沢の聖パウロ教会で式を挙げました。
イルカさんと神部和夫さんは、シュリークスとしてデビューはしなかったの?
シュリークスとしてシングルは出していたみたいだけど、メンバーの所太郎さんと山田嗣人さんが脱退した後、神部和夫さんが吉田拓郎さんに「シュリークスを解散してイルカ1人にしたほうがうれるんじゃないかと考えているんだけどどう思うか?」と相談したみたい。
イルカさんは「絶対嫌だ!」と言い張っていたけど、最後には折れて「もう、私を全部あげますから、どうなるか、素材として使ってください」と言って、イルカさんのソロデビューが決まったんだって。
イルカの息子は何してる?
引用元:ORICON NEWS
引用元:週刊女性PRIME
イルカさんの息子さんの名前は神部冬馬さんです。
シンガーソングライターとラジオパーソナリティとして活躍しています。
ラジオは
- 毎週火曜日:八王子FM「神部冬馬のトランスファーRadio」
- 毎週水曜日:FM甲府「763 KOFU LOCAL LINE」
- 毎週木曜日:FMふじやま「神部冬馬のピースフルデイズ」
- 毎週金曜日:FM甲府「フリーダム!」
- 毎週土曜日:YBSラジオ「ミュートレック~MuTrek」
と受信可能なエリアであれば、ほぼ毎日ラジオ放送で聞くことができます。
イルカさんの息子・神部冬馬さんは、どうしてラジオパーソナリティになったのかな?
それは、中学生の頃から好きで、いずれ自分でもやりたいと思っていたから!『江原啓之の幸せのレッスン』に出演した後、FM甲府からレギュラー番組を各局で担当することになったみたいよ!
イルカさんがデビューした1970年はこんな年だった!
引用元:万博記念公園、産経新聞、GoodsPress
イルカさんがデビューした1970年は、「日本万国博覧会(大阪万博)が開催」、「よど号ハイジャック事件」、「トミーがトミカー発売」などの出来事があり、話題となりました。
また、この年の流行語は、「ウーマン・リブ」、「三無主義」、「しらける」などの言葉が流行りました。
イルカのプロフィール・SNS
引用元:日本クラウン
プロフィール
- 名前:イルカ
- 本名: 神部としえ
- 生年月日:1950年12月3日
- 年齢:74歳(2025年1月現在)
- 出身地:東京都
- 血液型:O型
- 趣味:パッチワーク
- 特技:絵画、イラスト
- 所属事務所:イルカオフィス
SNS
- X(旧Twitter) URL:https://x.com/IRUKA_50th
まあるい時間 ~いつもイルカと~を更新しました
— IRUKAイルカ「あいのたね❤︎まこう!」 (@IRUKA_50th) January 22, 2025
動画#221「第75回NHK紅白歌合戦」出場を振り返ります♪https://t.co/Xg5qhV3Azf
- オフィシャルサイト URL:http://www.iruka-office.co.jp/
イルカさんがX(旧Twitter)をはじめたきっかけって何なのかな?
X(旧Twitter)には「突然ですが今、ツイッターを勧められたのでやる気になりました!」とポストしているわ。誰からかはわからないけれど勧められて始めたみたいだね!