CM出演などをきっかけに、アイドル的な人気を博し、次々に人気ドラマに出演を果たした藤谷美和子さん。
抜群の歌唱力を発揮し、ミリオンセラーの大ヒットを叩き出しました。歌手として女優として大活躍する中、「元祖プッツン女優」として様々な騒動を起こしています。
今回は藤谷美和子さんの若い頃を振り返り、現在の活躍に至るまでの変遷をお届けいたします!
【画像】藤谷美和子は若い頃かわいい!
10代(1973年~1983年)
引用元:ミューゼオ
藤谷美和子さんは中学2年生だった1977年(当時14歳)『カルビーポテトチップス』のCMに出演しました!
おどけた調子で、「100円でカルビーポテトチップスは買えますが、カルビーポテトチップスで100円は買えません!悪しからず」というフレーズで話題となり、そのセリフが流行語になるなど、瞬く間に注目されました!
本当は標準語で「100円で・・・」だったのが、岡山弁の新人ディレクターが訛った発音しか出来ず、藤谷美和子さんがそのまま真似をして大ヒットしたそうです!
14歳の藤谷美和子さん、おっとりした雰囲気と可愛らしい顔立ちで、あっという間に人気ものになりましたね!本当に可愛いですね!
引用元:X【ゆうひが丘の総理大臣】テレ玉でやってまーす。藤谷美和子さんとてもカワイイ。#ゆうひが丘の総理大臣 pic.twitter.com/DUC4wV92Hh
— ラーメン.com.com (@com63059308) April 29, 2024
1978年(当時15歳)放送の『ゆうひが丘の総理大臣』で、ちょっと変わった女生徒役を務め、一躍注目される存在になり、女優としてのキャリアをスタートさせました!
可愛らしいキュートな演技で、女優としても一気に知名度があがり、注目されましたね!髪型もとっても可愛いです!
引用元:X1982年「池中玄太80キロII」
— A Z U (@azunna_) October 19, 2024
藤谷美和子さんが好きで集めていた切り抜き。
リアルタイム世代じゃないのでこの切り抜きを見て、歌手のイメージしかなかった松尾和子さんが出演されていたことにびっくりしました😳#西田敏行さんのご冥福を心よりお祈りいたします pic.twitter.com/y2WXAenqbh
ドラマ『池中玄太80キロ』(日本テレビ系)では見習い記者を演じました。
本作は1980年(当時16歳)放送のパートIから、翌年(当時17歳)のパートII、1989年(当時25歳)のパートIII、そして3度のスペシャル版の放送を経て、大ヒットドラマとなりました!
とてもあったかい優しいドラマで、藤谷美和子さんの雰囲気にぴったりでしたね!
藤谷美和子さんのデビューのきっかけはなんだったのかな?
中学2年生の時に、表参道に制服姿でいるところをモデルクラブからスカウトされたんだって!当時の目標の女優さんは、桃井かおりさんと坂口良子さんだったらしいよ!
20代(1983年~1993年)
引用元:NHK
1984年(当時21歳)、朝の連続テレビ小説『心はいつもラムネ色』に赤津賀津役として出演しました!
戦前・戦後の大阪で漫才を愛して生きた赤津文平の半生を描いた作品で、文平を支える妻・賀津を演じました。平均視聴率40.2%、最高視聴率は48.6%の大ヒットドラマとなり、藤谷美和子さんにとっての代表作となりました!
夫役を演じた新藤栄作さんは、藤谷美和子さんについて、「キレイでしたねぇ。繊細な人だと感じました。もろさと強さが同居しているみたいな」と明かしていました。
こんなに可愛らしい奥さんがいたら最高ですね!可愛らしい顔立ちと初々しい演技にすっかり魅了されました!
引用元:Amazon、Amazon
引用元:松竹、Amazon
20代に入ってから、藤谷美和子さんは多数の映画に出演し、あらゆる賞を総なめにする演技で、女優としての地位を確立しました。
1984年(当時21歳)には、映画『海燕ジョーの奇跡』『地平線』に出演し、日本アカデミー賞で優秀主演女優賞を受賞しました。翌年1985年(当時22歳)には、エランドール新人賞を獲得しています。
そして、1992年(当時29歳)には、映画『女殺油地獄』に出演されました。
特に、映画『女殺油地獄』は何度もリメイクされてきた近松門左衛門原作の名作です。過去には、和田勉さんなど有名監督が演出し、松田優作さんなど名優と言われる俳優陣が演じてきました。
藤谷美和子さんが出演した1992年版は、従来の設定やストーリーを大幅に変更した作品となったそうですが、そんな中でも動じず、新しい役どころを見事に好演しました。
本作と同年に出演した『寝盗られ宗介』で、日本アカデミー賞最優秀助演女優賞、ブルーリボン賞助演女優賞、キネマ旬報賞助演女優賞、毎日映画コンクール女優主演賞、報知映画賞助演女優賞など、数多くの賞を受賞しました。
たくさんの映画に出演しては多くの賞を受賞し、美貌を兼ね備えた演技派女優として一気に活躍するようになりましたね!
引用元:X“藤谷美和子 13の言いたい放題
— 懐かしい昭和時代(女性) (@natsukashi__) March 28, 2018
恋人宣言なんて愚かね!”
元祖プッツン女優と言われてたわね。美和子の延長線上にいるのが石原真理子。
明星 1982年(昭和57年)3月号#藤谷美和子#昭和 pic.twitter.com/CYl5gBmKdw
順調に活躍していた藤谷美和子さんですが、じつは、1984年(当時21歳)公開の映画『海燕ジョーの軌跡』のフィリピンロケ中に突然失踪するというトラブルを起こしています。
その為、急遽フィリピン人女性を代役に立ててクライマックスシーンとラストシーンの撮影をしたそうです。当時のプロデビューである奥山和由さんが明かしています。
1986年(当時23歳)には、山田洋次監督の『キネマの天地』のヒロインに抜擢されるも、製作発表記者会見でわがままを連発し、会見場の空気を凍り付かせました。撮影が始まってからも、遅刻やセリフを全く覚えてこないことなどで、共演者からクレームが続出し、途中降板しています。
同年の日曜劇場『週末物語』では、ロケに入り3日で降板し、同年9月公開の映画『道』の舞台挨拶では、突然泣き出し、共演者やスタッフを困らせたとう騒動も起こしています。
そして、その舞台挨拶から3日後、渋谷区内の自宅マンションで自ら救急車を呼び緊急入院するという、自殺未遂報道まで流れました。そうして「元祖プッツン女優」として認知されるようになりました。
女優として、活躍が増えるにつれ、忙しさからストレス、疲れなどがあったのかもしれないですね。
映画『海燕ジョーの軌跡』で、代役をたてたって言っていたけど、バレなかったのかな??
それが、白粉を塗ったら藤谷美和子さんによく似てて、アップでも撮ってもバレなかったんだって!そんなことがあるんだね!
30代(1993年~2003年)
引用元:Amazon
1994年(当時31歳)に主演のドラマ『そのうち結婚する君へ』の挿入歌「愛が生まれた日」(大内義昭さんとのデュエット)でCDデビューを果たしました。
オリコンチャートでは最高位5位ながらもロングヒットとなり、累計で132.7万枚を売り上げるミリオンセラーを記録しています!そして、第9回日本ゴールドディスク大賞グランプリ・ニュー・アーティスト賞や日本有線大賞新人賞・最優秀新人賞などを受賞し、女優としての歌手セールスで、この当時の1位を記録しています!
また、同年、第36回日本レコード大賞でも優秀作品賞を獲得し、第45回NHK紅白歌合戦に初出場しました!
当初、藤谷美和子さんのデュエット相手には、ロックバンド「Justy-Nasty」のボーカル、藤崎賢一さんが予定されていましたが、諸事情にて叶わず、大内義昭さんに役目が回ってきたそうです!大内義昭さんは、あまり気が進まなかったけれど、藤谷美和子さんに会えるならという理由で引き受けた結果、予想外のヒットとなったそうです!!
間違いなく平成ナンバーワンのデュエットソングになりましたね!今でも、カラオケで歌われる男女デュオの定番曲となっています!藤谷美和子さんの歌唱力の高さにも驚かされました!
藤谷美和子さんの歌手デビューのきっかけはなんだったのかな?
当時、藤谷美和子さんには、何度もレコードの話が持ち込まれたけど、そのたびにタイミングを逃していたんだって。それを実現させたのが、ドラマをプロデュースした秋元康さんなんだって!「低音は太くて、高音は澄み切っている。その歌声で歌わないのはもったいない」と自ら作詞を担当したそうだよ!さすがだね!
40代以上(2003年~)
引用元:デイリー
20代から降板や失踪などの騒動を起こしてきた藤谷美和子さんですが、2003年(当時40歳)には今までの騒動とは比べ物にならない事件を起こしています。
「紀宮さまは私の妹。お会いしてお手紙を渡したいのです」
2003年6月26日に、藤谷美和子さんは突如タクシーで皇居坂下門に現れ、警察官に開門を要求しました。
さらに警察官に入ることを拒否されると、電話で御所の担当者に直談判し「あなたは失礼です。私は手紙を持ってきたのだから、早く紀宮さまと会える時間を決めて下さい」と言い、その後1時間あまりタクシー内に立て籠もるという騒動を起こしています。
この騒動の後、暫くのあいだ表舞台から姿を消しています。それ以後、警視庁の「テロ対策リスト」に監視対象者として挙げられ、皇室関連イベントの際には所在確認が行われているそうです。
いったい彼女に何があったんでしょうね。支えてくれる人がいてくれるといいですね!
引用元:japannews
2005年12月(42歳)、演出家の岡村俊一さんと結婚しました。
お2人の出会いは、1986年(当時23歳)の映画「この愛の物語」で、キャストとスタッフという形で出会いました。その後、1992年(当時29歳)に藤谷美和子さん主演のドラマ「わがままな藤谷美和子様」の演出を岡浦俊一さんが務めたことがきっかけで交際が始まったそうです。
ただ、交際が始まってからは何度も破局と復縁を繰り返していたようで、約13年の月日を重ねて結婚に至りました。
2人の結婚は岡村俊一さん所属の演劇製作会社が公表しました。結婚時の年齢は藤谷美和子さんが42歳、岡村俊一さんが43歳でした。長い年月をかけて結婚したんですね!藤谷美和子さんらしいといえば、らしい結婚でしたね!
引用元:サンスポ
2015年5月(当時52歳)、歌手としても活躍した音楽プロデューサーで「愛が生まれた日」のデュエット相手・大内義昭さんが食道がんのため北九州市内の病院で死去しました。
表舞台からは姿を消してしまった藤谷美和子さんでしたが、岡村俊一さんの訃報を受けて「とても寂しい。私にとっても大切な思い出の歌です。心からご冥福をお祈りします」とコメントを寄せています。
大内義昭さんは生前、藤谷美和子さんについて、「プッツン女優なんていわれてたせいか、何か面白いエピソードがあるんじゃないですかってよく聞かれるんです。ところが、これが全然ない。ごくフツーの、常識的な方でしたよ」と明かしていました。お2人の息の合った歌声、もっとたくさん聞きたかったですね。
藤谷美和子さんは、どうして事件を起こしてしまったんだろう?
実際には紀宮さまに似ていると言われることが多くて、親近感が沸いて、ファンレターを出そうとしたんだって。でも、警察官10人くらいに囲まれて、気が動転してあらぬことを口走ってしまったって言われているよ!
藤谷美和子さんの親族も『熱心な黒田清子(紀宮さま)さんのファンだった』と弁明していることから間違いないようね!
藤谷美和子さんが所属していた”ブルーミングエージェンシー”には他に誰が所属してる?
引用元:BLOOMING GROUP OFFICIAL WEBSITE
藤谷美和子さんが所属していたブルーミングエージェンシーには、ジャーナリスト・田原総一郎さん、俳優・一洸さんやタレント兼モデル・落合砂央里さんなどが所属しています。
2006年(当時43歳)に活動を休止した藤谷美和子さんは、現在どこの事務所にも所属していないようです。
【画像】藤谷美和子は旦那と別居?現在は認知症?
藤谷美和子は旦那と別居?
引用元:NEWSポストセブン
引用元:ナタリー
藤谷美和子さんと岡村俊一さんの2人は結婚の4年後には別居したと言われています。
そして、なんと会ったのは年に2回だけだったそうです。別居を始めた当初は、1駅離れた場所で暮らしていたようですが、その3年後にはさらに距離が離れ、藤谷美和子さんは神奈川県の小田原で暮らすようになりました。
また、藤谷美和子さんは結婚して間もないうちから「離婚したい」と口にするようになり、「結婚しないと離婚できないし、慰謝料ももらえないでしょ?」ともコメントをしていて、周囲の度肝を抜いていました。
藤谷美和子さんはメディアから直撃を受けた際、「離婚したいです」とハッキリと語っていましたが、岡村俊一さんは「離婚はしない」と語り、離婚の可能性が無いことを明かしています。
真相は分かりませんが、藤谷美和子さんが明るく笑顔だといいですね!
岡村俊一さんは、藤谷美和子さんについてどう思っているのかな??
岡村俊一さんは、「美和子が、ちゃんとやれば、誰もかなわないぞ(笑)勝手に笑えばいいさ!!」と、家族として愛情溢れるコメントを残していて、ちゃんと藤谷美和子さんを思っていることが伝わるね!
藤谷美和子は現在認知症?
引用元:日刊スポーツ
藤谷美和子さんは、拠点にしている小田原で毎日決まった時間に決まった場所を訪れる徘徊生活を送っていると、週刊誌やスポーツ紙などで報道され話題になりました。
いつも近所の空き地で野良猫の面倒を見ているそうです。メディアには「猫ちゃんを何とか誰かの家で暮らさせてあげたい」と語っていたようで、「それが今の私がやらなきゃいけないことです」とも語っていました。
いつもかなり足早に歩き、突然座り込んだり、駅のベンチで食事をするなどの目撃情報が多いようです。
夫の岡村俊一さんは、藤谷美和子さんの奇行について認知しているようで、メディアには「更年期からくる心身の不調」と語っています。そのため、「仕事はできない状態」だとも語っています。
また、「夫というよりは保護者のような気持ちです」とも語っていました。認知症だと明言はされていないようです。
もともと、トラブルが多かった藤谷美和子さんなので、真実とは異なる、憶測の情報がたくさん出てしまっているのかしれないですね。
野良猫の面倒って、どんなことをやっているんだろう??
飼い主が亡くなった猫を、藤谷美和子さんが面倒を見るようになったそうだよ!水やエサやりのほかに、寒さ対策なのか、アルミで覆われた小屋を手作りしてたんだって!1週間に5日くらい面倒を見に行ってるみたいだよ!
藤谷美和子のプロフィール・SNS
引用元:スポニチ
プロフィール
- 名前:藤谷美和子(ふじたにみわこ)
- 生年月日:1963年3月10日
- 年齢:61歳(2025年1月現在)
- 出身地:東京都
- 血液型:A型
- 趣味:なぎなた
- 所属事務所:ブルーミングエージェンシー(2006年の活動休止以降、無所属)
SNS・受賞歴
- オフィシャルサイト URL:https://columbia.jp/artist-info/fujitani/prof.html
- 1985年:第8回日本アカデミー賞 優秀主演女優賞
- 1985年:第29回エランドール賞 新人賞
- 1992年:第35回ブルーリボン賞 助演女優賞
- 1992年:第66回キネマ旬報賞 助演女優賞
- 1992年:第47回毎日映画コンクール 女優主演賞
- 1992年:第17回報知映画賞 助演女優賞
- 1993年:第16回日本アカデミー賞 最優秀助演女優賞・優秀助演女優賞
- 1994年:第27回日本有線大賞 新人賞・最優秀新人賞
- 1994年:第27回全日本有線放送大賞 新人賞・最優秀新人賞・グランプリ大賞
- 1994年:第36回日本レコード大賞 優秀作品賞
- 1995年:第9回日本ゴールドディスク大賞 ベスト5ニュー・アーティスト賞・グランプリ・ニュー・アーティスト賞
藤谷美和子さんはSNSはしていなのかな?
藤谷美和子さんの関係者が、「可哀想だからメディア、SNSに取り上げないでくれ」とお願いしたという話もあったみたいよ。元気で笑顔の藤谷美和子を、またいつか見れたらいいね!